スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

チェルシーズライブ vol.15 ご報告  

なかちよさん、満席のお客さん、本当にありがとうございました。

おばさまグループにめちゃウケて(ラミ犬の顔がおもろいんだそうです←そうかなあ…)、写真とられたりサインしてくれと言われたり、おでんとお菓子もらったり、かなり意表をつかれました(笑)

後で数えたらウクレレよりギターをたくさん弾いてました。なんか最近ギター弾くのが楽しいです。ギターはクラシックやってた時に買った「辻渡」で、すごくいい音です。

実はチェルシーズ初の生音ライブでした。せっかくアコースティック楽器なんだから、一度やってみたかったんです。なかちよさんは音響がよさそうなので今回チャレンジしてみました。

最初MCの声が全く聞こえなくてびっくりしましたが、次第にぼくの耳もお客さんの耳も慣れてきたみたいでした。ボーカルや楽器はよく通っていたそうです。これ、意外に自分の方が聞こえにくかったりするのはPA使う時と同じようなものか。

最近ウクレレをマイクで拾った音がどうも気に入らないんで、機会さえあればこれからもやってみたいです。

チェルシーズライブ vol.15
2007.10.27(土)
cafeなかちよ
http://cafe-nakachiyo.net/

<セットリスト>
*ふたりはいつも(新曲)
*雨ふりの歌
*うろこ雲
港が見える丘 (S22)
蘇州夜曲 (S15)
恋ってやっぱり
引越し
*八月の光
*七月北沢
Close to you
(enc)
十九の春
シャンゼリゼ

*はオリジナル曲。今回少なめでしたね。

<チェルシーズ>
ラミ犬 (vo., g, ukulele)
水嶋勇 (melodion, accordion)

<次のライブです>
チェルシーズ・ライブ vol. 16
2007.11.10(土)
吟遊詩人
http://sound.jp/soundbar
出演:西沢和弥 with TOM石川、チェルシーズ、よしださ木
19:00開場 19:30開演
2000円(ドリンク代別途)
スポンサーサイト

Posted on 2007/10/28 Sun. 17:20 [edit]

category: ライブの報告

tb: 0   cm: 3

シアトルの日本人街にイチローの足跡をたどった  

seattle_main.jpg


二十五歳になって二週間後、イチローはシアトルの二番街とメイン通りの交叉点でバスを降りた。ここをでて四年ぶりだった。キャンプで二年と刑務所での二年間。[...] 彼は四方前面に時計のある塔の鉄道駅の方へあるいて行った。塔は古ぼけて時代ものの煉瓦づくりで、きたない見張塔型だった。町もよごれた町だった。たった四年しかたたないにしては、きたなすぎた。『ノー・ノー・ボーイ』ジョン・オカダ著;中山容訳(晶文社, 1979)p.21

3年ほど前だったか、図書館でふと目にとまった本のタイトルが『ノー・ノー・ボーイ』。なんかかっこいいなと思って、検索してみるとかまやつひろしの曲ばっかヒットしてくるけど、翻訳者の中山容は中山ラビにディランの訳詞を提供してた人だ。読んでみると本当に面白くて、一気に読み終えてしまった。そして何度か読み返したが、そのたびに心がゆさぶられる思いをした。

第二次大戦のアメリカ、日本人は敵性外国人として収容所に移住させられた。その数約12万人。うち7万人は米国市民であった(1)。戦争が激化し兵士の数が足りなくなった「1943年になると,二世から志願兵を募り,日系人部隊を編成する目的と,収容所から出所を許可できる者を選別するために忠誠登録が行われた」(2)。

その申請書の最後には次のような質問が用意されていた。

質問27.米軍に従事し、どこであれ命じられた戦地に赴くことができるか。
質問28.米国に無条件の忠誠を誓い、米国を防衛し、天皇への忠誠を捨てられるか。(3)

この二つの質問に「ノー」と答えた二世は刑務所に入れられる。そして出所後も「ノー・ノー・ボーイ」と呼ばれ、米国社会への同化を願う日系人から疎まれる存在となった。この物語はそんな若者の一人、イチローを主人公としている。

イチローの母は「日本」に対する狂信的な態度を堅持しており、日本の敗戦を認めていない。いつかお迎えの船がやってくるのを待っている。父はそういう妻に対して強い態度に出ることもなく、イチローに対してもおよび腰だ。弟タロー(次男なのにタローというのが日系ぽくていけてると思うんだけど)はノー・ノー・ボーイである兄を恥じ、高校卒業も待たずに入隊を志願する…


1. Executive Order 9066: Resulting in the Relocation of Japanese (1942)
http://www.ourdocuments.gov/doc.php?doc=74

2. 佐藤清人「イチローの回復された愛国心:ジョン・オカダの『ノー・ノー・ボーイ』試論」山形大学紀要 (人文科学) 第15巻第1号, p. 129-139
http://www.lib.yamagata-u.ac.jp/kiyou/kiyouh/kiyouh-15-1/image/kiyouh-15-1-w129to139.pdf

3. この登録用紙「DSS Form 304A」の記入された例が下記に掲載されている(「Statement of United States Citizen of Japanese Ancestry」)。
http://www.washington.edu/uwired/outreach/cspn/Website/Resources/Curriculum/Asian/Section%205.html

* * *

イチローにとって、ジャクソン通りとは鉄道の線路をこえてすぐの五番通りと十二番通りのあいだの区画のことだった。以前は日本人町といってもいいような地区で、チャイナタウンに隣接していて、大多数の博打うちや淫売や酔っぱらいが好んだところだった。
『ノー・ノー・ボーイ』ジョン・オカダ著;中山容訳(晶文社, 1979)p.25

思いがけずシアトルに行く機会ができたので、ぜひ小説の舞台を訪れてみたいと、晶文社の翻訳本と「地球の歩き方」を開き、通りの名前を確認して地図に印をつけた。シアトルでのものすごく短い自由時間、足早にイチローの足跡をたどろうとしてみた。といって、同行者もあるし、感慨にふける時間もまたものすごく短いものだった。

このページ最初の写真はいきなりちょんぼ。だいたいメイン通り辺りとは思うけど、街路表示を撮ってないんで確認できない…キング通り駅を背にしてダウンタウン方面を見るとこんな感じだったという写真になってしまった(1)。2nd ave. とジャクソン通りの交差点はこんな感じ。

seattle_2ndave.jpg


キング通り駅はこんな駅だった。街全体が明るい感じで、駅の後ろには大きなフットボールと野球のスタジアムがあるので、小説のような暗い雰囲気はもうない。

seattle_king_sta.jpg


でもジャクソン通りに入っていくと、なんとなくうらぶれた気配が漂いはじめた。かなり古いままのレンガの建物があって、小説の描写のかけらくらいは味わえた。ふと路地をみると結構寂しい様子のところもあった。

seattle_jackson_roji.jpg


この区画は現在ではインターナショナル・ディストリクトと呼ばれており、中国系をはじめとした様々な民族が生活している。五番街に宇和島屋と紀伊国屋があるものの、日本人の影響はあまり感じられなかった。小説では日本人街はジャクソン通りとキング通りの間だったと描写されているが現在では違うようだ。(2)

そのジャクソン通りの日本人街は永井荷風によると次のようなものであったそうだ。


とても五分と佇んでいられべき所でない。しかし、私はこの不思議な形の建物が、瓦斯のタンクである事を知ると共に、いよいよこれから先が日本人街である事を思い得た。人の話で邪苦損[ジャクソン]街の瓦斯溜が日本人街の境である事はしばしば私の聞いていたところなので。私は手?[ハンケチ]で口の端を蔽いながら、息を凝して漸と、この不愉快な臭い瓦斯溜めの下を通り過ぎたが、すると、向こうの方に暗い燈火がちらちらみえるようになった。「舎路[シアトル]港の一夜」永井荷風『あめりか物語』p.350(岩波文庫, 2002)

荷風が渡米してタコマ?シアトル付近に滞在したのが1903年のことというから、まだキング通り駅もできていなかったようだ(3)。イチローの物語にもこのガスタンクなるものは出てこない。

旅行中、現地での旅行事務を手伝ってくれた日本人ガイドさんが、「私たちがアメリカで胸をはって「日本人です」と言えるのは、一世の人達のおかげです」と言っていたのがすごく印象に残っている。これはもちろん戦地に赴いた二世の人達のおかげでもあろう(4)。いや、「ジャパニーズ・アメリカンとは何か?」と問い、行動してきたイチローを含む全ての人達のおかげなのではないだろうか。


1. 幸い次のページに「イチローがバスを降りた交差点付近」の写真が掲載されていた。ていうか、この写真、おれが撮りたかった?と落胆したのでした。

川井 龍介「戦争によって、二つの祖国の間で彷徨う魂」
http://kaze.shinshomap.info/special/08/02.html

脱線ですが、この著者の『「十九の春」を探して/うたに刻まれたもう一つの戦後史』は面白い本でした。なんていうか、興味の対象って重なってくるものなんですね。

2.「ロサンジェルスやサンフランシスコと異なり、シアトルには強制立ち退 き後日本町に該当する地理的コミュニティが存在せず、今日は、戦前日本町 の中心であったメインどおりと六番街の交叉する周辺に[...]かすかに日系人 通りとしての雰囲気を漂わせているのみである。」
竹沢泰子「日系アメリカ人のエスニシティ : 強制収容と補償運動による変遷 」東京大学出版会, 1994, p.11

3. Seattle's King Street Station opens on May 10, 1906.
http://www.historylink.org/essays/output.cfm?file_id=3643

4.「多くの二世はアメリカへの中世を証明するために進んでアメリカ軍に参加、442部隊を結成してヨーロッパやアジアの戦線で果敢な戦いをくり広げた。その際多くの犠牲者を出したが、この自己犠牲的忠誠行為が高く評価され、戦後の日系人のアメリカ社会への受け入れを容易ならしめた。1952年にはウォルター・マッカラン法により一世の市民権が認められた」
植木照代[他]『日系アメリカ文学 : 三世代の軌跡を読む』創元社, 1997, p. 88

Posted on 2007/10/22 Mon. 13:42 [edit]

category:

thread: おすすめ音楽♪ - janre: 音楽

tb: 0   cm: 0

シアトル公立図書館の書架を全部歩いた  


シアトル市民じゃあない人たちが、いかにもシアトルらしいって言うような朝だった。本当にしめっぽいというわけでもなくしめっていて、町中がなんとなくけだるく、灰色がかった薄い霧に包まれていた。雨が降って、こまかでまばらなしぶきが、顔の皮膚にあたるのが感じられ、葉っぱに露がつくように、防水の服にへばりついていた。気温は五十度前後で、大気のねばつく冷気が外套をしみとおり、その下の着衣にしみわたり、素肌のぬくもりを吸いとった。『ノー・ノー・ボーイ』ジョン・オカダ著;中山容訳(晶文社, 1979)p.267

上は3月か4月ごろの描写ですが、10月のシアトルの気温は日中15℃程度と聞いていたとおり、ぼくが行った10月3日もこんな感じでした。

夜はもっと冷えてきて、バンクーバーより寒いのでセーターとパーカーを着ててもふるえてしまいましたが、これはこの時期にしてはちょっと異常だったみたいです。

たった半日の自由時間のため、行きたかったフリーモント(フレモント)、Experience Music Project(マイクロソフトの創設者ポール・アレンによるロック博物館)、その他もろもろはぜーんぶパスして、OMA設計によるシアトル公立図書館の見物と、小説『ノー・ノー・ボーイ』の主人公イチローの足跡をたどる個人的な(かつ時間の超短い)散歩をしてきました。

シアトル公立図書館の中央館。もう、写真でみたときにすごすぎると思って、というか、写真ではいまいち全貌がわからなくて、シアトルでは一番にみたい場所でした。下のHPに写真がありますが、いまいち納得できなくて、実物を見たくなるでしょ? 

Central Library, The Seattle Public Library
http://www.spl.org/default.asp?pageID=branch_central&branchID=1

OMA(レム・コールハース)の設計ということで、開館の時には「富士山のご来光を拝むがごとく」行列ができてたらしいです。

Patrons flock to Central Library grand opening
http://seattletimes.nwsource.com/news/local/library/stories/patronsflock.html

これほんとすさまじい建物で、中に入ってみるとこんな感じです。
spl1

入ったのは5th ave.側で、図書館の3階になります。エスカレーターに乗ると2階(事務室があるらしい)を飛ばして1階に着きます。1階は4th ave.側になり、地形をいかした設計だということがよく分かります。そう、シアトルは坂がかなりきつい街でした。砂浜にむかう神戸とは違って、リアス式海岸(かどうか知らんけど)みたいな海岸線のためだと思います。

館内はエスカレーターとエレベーターで移動できますが、エスカレーターはこんな感じ。テーマパークっぽいとも思うが、ヨーロッパとかの美術館・博物館にはこんな感じのが多いかもしれません。
spl2

図書館の目玉である螺旋書架 (Books Spiral) というのはこんな雰囲気でした。分類000から900まで館内をらせん状に登っていくスロープになっています。これは通路に立って撮った写真。
spl3

書架のあいだから建物の反対側の書架を見たらこんな感じです。右あがりのゆるいスロープになってるのがわかるでしょうか。スロープを登ると分類番号が大きくなっていくわけです。
spl spiral2

あと、7階部分に司書の部屋と思われる一角があったんだけど、空港みたいですね。やはりマイクロソフト関係者の寄付によるものだそうで、電光掲示板みたいのには新着資料あるいは人気資料と思われるタイトルが並んでいました。
spl4

螺旋書架は図書館の6階から9階までの部分。8階に芸術関係の分類が来ていて、そこに無料の音楽練習室があったのでほぉ?と思いました。ちょっとのぞいたら、1室はピアノの練習をするおじさん、もう1室は兄ちゃんがだらしない格好でギターを鳴らしてました。

というわけで、適当にはしょるつもりが、000から900まで全部ぐるぐる歩いて、最上階まで上ってしまいました。ああ、疲れた。次はシアトルのインターナショナル・ディストリクト篇です。

追記 2007.10.24)SPLに関する色々な資料。

1. GA document 80 (2004)
表紙と、目次から61ページまでの特集。主に写真と図面。
Joshua Ramus (OMA) による下記の文章の原文・翻訳を掲載。
http://www.e-architect.co.uk/seattle/seattle_public_library.htm

2. GA contemporary architecture ; 03 図書館 (2006) は上の本からの抜粋を掲載。

3. [特集] Seattle Central Library (Seattle Daily Journal of Commerce. May 20, 2004)
http://www.djc.com/special/librarydesign/
商業新聞で特集されるというのは、この図書館がシアトルの経済にすごいインパクトがあったということだと思います。。

4. Photo Archives 54 図書館 [撮影:松林正己](Apr. 2005)
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/2005/04/08152632.html
建築屋の観点からみるとすばらしいですよね。

5. On Architecture: How the new Central Library really stacks up (Seattle Post-Intelligencer. March 27, 2007)
http://seattlepi.nwsource.com/ae/309029_architecture27.html
そして ... 当初の熱狂も醒めたようです。読者の声にも批判続出。

ぼくの意見を加えるならば、本を読むとか調べものをするとか中で働くとかという意味において使いやすそうな図書館という印象はあまりありませんでした。特に入り口のとこ、温室みたいになってて、写真みただけでも、ここで本読んだら目が回りそうでしょ。

螺旋書架は、普通だったら各階に区切られてしまうところを、ずーっとなめらかに移行できるというので、コンセプトとしては秀逸と思います。実際には必ずしも使いやすそうでもないんですが。書架と書架の間も狭いし。

でも建物としてはやっぱり魅力があるなあ。図書館にこれだけ金をかけられる(寄付もすごいが債権もすごい)って、豊かさが日本とは違うなあ。なによりぼくが感嘆するのは、図書館というものが社会においてこれだけの地位を持っているってことですよ。風土が違いすぎ。

Posted on 2007/10/15 Mon. 17:51 [edit]

category: 旅行

tb: 0   cm: 0

バンクーバーの図書館はきょうもストだった  

10月1日から6日、北米に行きました。たった6日間の出張でバンクーバーとシアトルに行く(訪問先へは各1日ずつ、自由時間は各都市半日ずつ)という強行軍でした。仕事はともかく(笑)自由時間が短すぎる。

海外にでるのは98年のフランス旅行以来になる。2000年にフランスへ出発寸前に妻の妊娠がわかって泣きながらキャンセルしたのだった。よく考えると、それからは毎年のように沖縄へでかけているな。

初めての海外旅行は大学生のとき、高校の同級生のMと一緒でした。飛行機でその隣にすわっていた見知らぬ人が現在の妻である(実話)。だから、ぼくは妻抜きで海外旅行をしたことがないのです。

というわけで、出発の日。やや不安に思いつつ関空について、北米行きの飛行機にのってびっくり。むこうの通路をそのMが歩いている。声をかけたらしばらくぼくとは気づかなかった。だって普通会わないよね、こういう場所じゃ。向こうもやはり仕事で、飛行機を降りてからは全然違う場所に行ってしまったのだが、なんとも不思議な旅行のはじまりになった。

VCダウンタウンバンクーバーにはあまり興味なかったのだけど、ダウンタウンについてみて、あ、これは夢でみた景色だと思いました。全体に海に続くなだらかな坂になっている都市で、ダウンタウンへはグランヴィル橋というのをとおって行くのだけど、その辺の坂ぐあい、林立する青っぽい窓の高層建築には(夢で)見覚えあったんです。適当な写真がとれなかったのが残念。写真はダウンタウン側からみた橋。ずーっとこんな天気でしたが、この辺はこの季節、だいたいそんな感じみたいです。

行きたいとこもなくて、ただバンクーバー公立図書館のストライキの行方だけは調べておこうと思いました。はい、まだやってました(10/1現在)。なんと7月からスト決行中なんです。

Vancouver Public Library
http://www.vpl.ca/

スト解除になったらなくなるページだと思うので引用しておきますと

July 26, 2007

THE LIBRARY IS CLOSED
Due to a strike by unionized employees.

All library services, including InfoAction, Outreach Services and Virtual Library will be closed for the duration of the strike.

すごいですねー。ホームページも閉鎖するという徹底ぶりです。くわしくは下の記事をご覧下さい。

「ストライキもPRの場?バンクーバーの図書館でスト決行中」(国会図書館『カレントアウェアネス-E』)
http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/cae/item.php?itemid=707

VC図書館1図書館の前には、だいたい20人くらいか、胸に「ON STRIKE」という看板をさげて立っています。ちょっと話でも聞いてみようかなと思ったんですが、ちょうど雨が降ってきて、雨宿りがてらの真面目そうなミーティングがはじまってしまったんで断念しました。バンクーバーの図書館、分館ふくめて全体で何百人も職員(非常勤含む)がいて、ローテーションでストをやっているんだそうです。

上の写真、コロッセウムみたいなのが図書館で、左の瓦せんべいみたいのは何か知りませんが(図書館の管理部門か?)1階におみやげショップがならんでて、ふたつの建物の間には天井がついてパサージュみたいになっています。

VC図書館2おみやげ屋は結構にぎわってて、図書館があいてたらパサージュ部分から中の様子がガラス張りで見えるんだろうに、マジで閉館してるので真っ暗です。入り口にはこわそうなガードマンが長机おいて座ってたんで、写真をとるのもはばかられました。


外に出たら雨が強くなってきました。ぼくが見たバンクーバーはなんか東京みたいな街並みで、道行く人は韓国人の留学生ばっかだし、ブックオフがあって日本人(?)が素でマンガ立ち読みしてるし、これであそこの角っこにGAPがあったらほとんど原宿だよなあと思いながら歩いてホテルへ帰りました。

追記。新しい情報です:
「バンクーバー公共図書館のストライキ、まだまだ紛糾中」
http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/car/index.php?p=4298
追々。10/24から再開したそうです。実に三ヶ月のストでした。

Posted on 2007/10/11 Thu. 12:30 [edit]

category: 旅行

thread: おすすめ音楽♪ - janre: 音楽

tb: 0   cm: 5

チェルシーズ・ライブ vol. 15, 16 のお知らせ  

2007.10.27(土)
cafeなかちよ
http://cafe-nakachiyo.net/
19:30開始
ノーチャージ(投げ銭)ドリンク代別途

2007.11.10(土)
吟遊詩人
http://sound.jp/soundbar
出演:西沢和弥 with TOM石川、チェルシーズ、よしださ木
19:00開場 19:30開演
2000円(ドリンク代別途)

Posted on 2007/10/10 Wed. 12:16 [edit]

category: ライブの報告

tb: 0   cm: 2

帰ってきました  

きのう帰ってきました?。

行き先はバンクーバーとシアトルでした。気温は最高15度、最低10度(以下?)ってとこで、ぼくはセーターとパーカー着ました。どちらもやたら雨がちなとこなんで、パーカーは便利ですね。

米西海岸は東海岸より時差ボケがきついって聞いてたんですが(アメリカは今回初めてなんだけど)ちょっと意味がわかりました。滞在中、ずっと身体が日本の時間のままだったんで、ほとんど寝てません…

詳細はまた書きます。ちなみにスタバ一号店に着いたら閉店してました。閉店7時とか、そんなん。

Posted on 2007/10/07 Sun. 15:53 [edit]

category: 旅行

tb: 0   cm: 7

プロフィール

ブログ内検索

最近の記事

アフィリエイト

Twitter

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

リンク

チェルシーズ物販コーナー


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。