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東ティモール報告会 2006.05.04  

2006.05.04
東ティモール報告会「戦火を越えた音楽の島」
渋谷UPLINK
出演:小向サダム・広田奈津子
ゲスト:中川敬・奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)

ソウルフラワーのミニライブがあるからというので、この企画を口実にオフ会をすることになった。その結果、帰りにはなんだか胸いっぱいっていうか腹いっぱいっていうか、とても充実した気分になることができた。

イベントは広田奈津子さんが製作中の映画の紹介、中川・奥野のライブ、『いつかロロサエの森で』の著者・南風島渉さんと広田さんによる現地報告、そして小向サダムさん・広田さんによるライブという順で進行。

映画では独立祝賀コンサートにおけるソウルフラワーの映像の他、東ティモールの主に子供たちが歌を歌う場面がたくさん紹介されていて、その中には見覚えのある顔がいっぱいでてくる。

というのは、昨年発売されたソウルフラワーのアルバム『ロロサエ・モナムール』のライナー写真は、どうもこの映画撮影と同時に撮影されたらしい(『シャローム・サラーム』もそうかもしれない)。先にアルバムを知っているファンからしたら、写真の子供たちが動いて歌を歌っているようなものだ。さらに「ロロサエ」のアルバム最後にでてくる子供達の感動的な合唱も映像として紹介されていて、なんとも言えない気分になってしまった。

終了後、会場入り口でファンがたむろしていると広田さんが出てきて、少し感想を伝えることができた。「なるべく言葉じゃない方法で思いを伝えたかった」という意味のことをおっしゃるので、思わず深?くうなづき、「成功してますよ、広田さん」とかなんとか言いながら、涙をためつつ握手するという、ただのおっさん的ふるまいに及んでしまいました。

東ティモールという国のことは2002年、ソウルフラワーが独立式典に参加するという話を聞くまで何も知らなかった。名前も聞いたことなかったんじゃないかと思う。その時にあわてて図書館に行って概説書を借りてきたことを覚えている。

ぼくはソウルフラワーの楽曲の中でも特に「そら」「リキサからの贈り物」が大好きなのだけど、これらの名曲はこの国との関わりから生まれている。あの曲を生むきっかけになった国だから東ティモールが気になる、というのは関心の持ち方が反対かもしれないけれど。

環音・広田さん、そしてソウルフラワーに感謝。

<参考>
ティモール・ロロサエ情報
ぼくは初めて東ティモールのことを聞いたときパプアと似た状況なのかなと思ったのですが、このサイトには西パプア(イリアンジャヤ)のことも掲載されています。

こうしてみるとインドネシアはなんと悪逆非道な国家なのかということになるんだけど、それもこれも資源のためですよね。そしてその資源に頼っているのが日本、、、ということは覚えておきたいと思います。
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Posted on 2006/05/17 Wed. 12:54 [edit]

category: 見に行ったライブ

thread: ライヴレポ・感想 - janre: 音楽

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良元優作Blog再始動  

ずーっと休眠していた良元優作のBlog(休眠していたのはブログだけ。本人のライブ活動はすごい盛ん)を再開することになりました。ていうか、しばらくぼくが管理することになりました。

http://ysaku.exblog.jp/

この音楽ノートで流してた良元情報は今後は新しいブログで掲載します。
情報提供よろしく?!

従来アクティブな情報源はこちらの
HP http://www.geocities.jp/music_yusaku/
BBS http://geocities.yahoo.co.jp/gb/sign_view?member=music_yusaku

ですが旧コンテンツと混じっています。こちらとの統合もおいおい考えたいですね。

Posted on 2006/05/14 Sun. 12:06 [edit]

category: 音楽

thread: おすすめ音楽♪ - janre: 音楽

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『風化する女』木村紅美   


第102回文學界新人賞
『風化する女』木村紅美 (「文學界」2006年6月号)

簡単なあらすじ:影の薄いオールドミスのOLが突然死。会社で唯一の友達だった「私」は彼女の足跡を追う旅に出かける。


本は結構たくさん読むが、小説というものを読まなくなって久しい。学生のころは本というと小説を思い浮かべていたけど、今では評論的な本ばかり読んでいる。

その理由を考えると、それぞれの小説の世界にいちいちつき合うのが面倒になったということがまず大きい。登場人物の名前や人間関係、前のページに出てきた出来事などを覚えて読んでいくのが面倒だ。というか、読者が苦もなくそれをできるのが面白い小説(の一例)であって、なかなかそういうのに出会えないということなのだろう。

それから小説の登場人物や出来事がどうも作り事めいて薄っぺらく感じることがある。たとえフィクションといっても、リアリティがなければ読む気になれない。どこかで疑問を感じたりすると、急に白けてしまう。

この観点から、本作『風化する女』を考えてみた。

文章は気負わずテクニックを感じさせず、すんなり作品世界に入っていける。ならばあっさりしすぎているかというと、例えば、れい子さんが鳥取の羽合温泉の話をしているセリフに続いて、語り手がれい子さんの葬儀へ向かう飛行機が鳥取へ着くような、はっとさせられる場面転換もところどころにあって、うまいなと思った。

惜しいのが登場人物の名前。これは作品のリアリティとかなり関係ある気がするのだが、「れい子さん」という名の不在の主人公の持つ存在感とくらべて、語り手の「私」=「桃ちゃん」(旧姓「時野桃子」)やその夫の「涼一」という名前はどうだろうか。特に夫、名前のせいかどうも存在自体が薄っぺらい気がして、夫婦のシーンになると小説が作り物っぽく感じる。

しかし、選者の辻原登には「これ [涼一] が安全装置になって、探索者が被探索者に重なって、やがて見分けがつかなくなってゆくという安易な道を取らない」と評されているので、ぼくの感じ方が妥当かどうかはわからない。

リアリティといえば、口紅で写真に「さよなら」と書いて投函するシーンはどうだろう。小説も終わりに近づいたところでこれがでてくると、読みながら反射的に「えーっ、ちょっと待ってよ、そんなことするか紅ちゃん、もとい、桃ちゃん?」と緊張してしまった。しかし、梶井基次郎の『檸檬』に出てくる丸善のレモンや、ロベール・アンリコの映画『若草の萌える頃』の「わたしはあなたを奪った?」と口紅で書くシーンなんかも思い浮かんだので、通俗性と文学性の危ういバランスをとっているところとも言えるかもしれない。

最後に、選者の浅田彰による、「れい子さんの存在を感じていた」は「不在」とすべき、という評は、どういう意図なのだろうか。影の薄い人だった、調べてみたらやっぱり何もなかった、という風に読むこともできるけれども、でもれい子さんは確かに生きていたのではないか。「不在」になった今(こそ)語り手は、そして読者であるぼくも、強くれい子さんの存在を感じるのだから、表現としてはやはり「存在」がいいと思うのだ。

Posted on 2006/05/12 Fri. 12:28 [edit]

category:

thread: 小説 - janre: 小説・文学

文學界新人賞おめでとう!  

有名になると急に友人が多くなったりするそうですが、ぼくもそのでんで行きます。

木村紅美『風化する女』が第102回文學界新人賞をとった。本人とはずいぶん前にバンドのファンサイトで知り合って、それからオフで会ったりメールのやりとりがあったり、三線習ってるって話は聞いてましたが、小説書いてるなんて話は全然知らなかったのです。

ウェブ日記に書いていた本人談がふるっています。ビミョーなのを読まされて感想聞かれたら嫌でしょう、とか。ぼくのところには知らない人からメール添付で小説が送られて来たことさえあるので、そんなのは平気だが。

昨年、別の賞で最終選考に残ったという話を聞いて初めてモノを書いていると知ったのですが、その時に編集さんから日本語がきれいとほめられたそうで、ははぁなるほどと思いました。大正?昭和の女流文学が好きな彼女らしい。今の時代、端正な文章を書くというのは重要なことだと思います。これはこの人の強みになることでしょう。

さて、連休中の話。渋谷でソウルフラワーの出た東ティモールのイベントがあって、紅美ちゃんに会うことができました。会場入り口で魂花ファンが集まってダベってたら、中川敬さん登場。

誰からともなく「この人、文学界新人賞をとったんですよ」って紹介すると、「へぇ?」と感心する中川。しかし「第1回の受賞者が石原慎太郎で」「セカチューの人も受賞してるよね」と話が及ぶに至って、中川番長「それ、たいしたことない賞ちゃうん」(笑)

などといいつつも、ファンから文筆家が登場してうれしいんじゃないかな。ぼくもちょっとしたお祝い気分になったので、記しておきます。

Posted on 2006/05/08 Mon. 12:54 [edit]

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thread: 小説 - janre: 小説・文学

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オー・シャンゼリゼ  

オー・シャンゼリゼ Les Champs-Elysees (「おおシャンゼリゼ 」「おゝシャンゼリゼ」という表記もあり)はシャンソンというかフレンチポップスの代名詞的な曲ですが、実はもともとフランスの歌じゃないというので、いろいろ調べてみました。

仏詞・和訳と簡単な説明はこちらにあります:
http://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/~g410243/cham.htm
「もともとはイギリスの歌で、原題『ウォータールー・ロード』。ピエール・ドラノエがフランス語歌詞をつけ、ジョー・ダッサンが歌って1969年にヒット」

原曲はジェイソン・クレストというイギリスのサイケバンドの曲らしいです。そのJason Crestとは:
http://www5d.biglobe.ne.jp/~moderns/jasoncrest.html
「68年から69年にかけてFontanaから5枚のシングルを発表しただけで消滅した知る人ぞ知るマイナー・サイケグループ」

うーん。知りません。原曲聴いてみたんですが、仏詞はだいたい直訳のようです。

Down Waterloo Road, Down Waterloo Road
Friday night, Saturday, Any night any day
You'll find what you are looking for
Down Waterloo Road

なんですが、やっぱこの曲は仏詞のがずっといいと思うな。最後の連ではあっちの世界にイっちゃってて、エトワールからコンコルドまで千のオーケストラが鳴り響いたりします。中也の「千の天使がバスケットボールする」とか思い出してしまいますが、これは宿酔いか。

そして安井かずみの訳詞もいいです。「シャンゼリゼ大通り」というイメージがないと日本でヒットしなかったと思う。ロンドンのウォータールー通りというのがイギリスでどんなイメージなんか、例えばドラッグカルチャーと何か関係あったとか、分かる人には分かるのかも知れませんが。

大学生の時シャンゼリゼ大通りに来たら気分がぱっと明るくなって、ああほんま、あの曲の通りやなって感動しました。(なんか違うか?)

ところでこの曲、安井かずみ訳の他に岩谷時子の訳で「おおシャンゼリゼ」というのがあるようなんですが、この訳詞を知ってる方いらっしゃいましたら教えて下さい。(2006.04.27)

《追記》
関レレ掲示板で情報いただきました。岩谷版にふれているブログがありました。

http://metastasis.exblog.jp/2877688/
http://bring.under.jp/jinsay/entry/002100.html

そしてiTunesのショップで試聴できました。そうだな。。。「頭のおかしい男がギターを弾いてる店などいいじゃない」(*) というあたりはかっこいいんだけど、全体としては最終連で「世界は揺れ」る高揚感のある安井かずみ訳に軍配をあげたいです。「千の(弦楽器の)オーケストラ」が出てくる訳があったらいいだろうな。(2006.05.08)

* 原詞は「ひと晩中ギターを弾いているイカレた奴ら」みたいな感じです。

Posted on 2006/05/08 Mon. 12:50 [edit]

category: 音楽

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良元優作 五月の情報  

5.03(祝)中之島まつり

5.13(土) 玉造 風まかせ人まかせ

5.20(土)伏見 喫茶BAR MIKA

5.25(木) 生野 あそび菜

5.26(金)北加賀屋 Black Chamber

5.27(土) 天王寺 ザ・ロック食堂

5.28(日) 奈良県五條市 かげろう座2006

提供は桃谷商店街さんおよびヒロさんでした。上の情報は変更になる可能性もありますので、主催者HPなどで確認することをおすすめします。くわしく分かれば順に追加します。

Posted on 2006/05/01 Mon. 17:30 [edit]

category: 音楽

thread: LIVE、イベント - janre: 音楽

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